魔術師の望んだこと

7

「行くの」  声をかけられて振り返る。質問というより確認、いや、挨拶のようなものだろう。わたしはすっかり旅支度を整えている。 「うん」  思い出した。自分のことを。名前も、素性も、ここへ来た事情も。――ひょっとしたら、余計なことも。  そうしたら、こんなところにいる場合ではないと思った。 「さよなら。世話になったわ、ありがとう」  返事はなかった。行きかけて、また振り返る。 「ねえ。あなたの歌を作っていい?」 「俺の?」 「あなたの。あなたとここの」  白い霧の奥に佇む、白の館に住まう、白い住人。 「好きにすれば」  今度はそっけなくも返事があった。  今度こそ、わたしは去った。

 森を抜けたら忘れてしまうだろうか。霧を越えたらもう覚えていないかもしれない。記憶を乱す場所にいる今だけ、特別に浮かび上がってきたのかもしれない。  だから、今のうちに骨子を作っておこう。方向性を決めておこう。後で、わたしが、伝えるべきことを思い出せるように。  あれは、ロノだ。  わたしがミーニだったとき、仲間だったロノだ。わたしたちが犯すかもしれない罪を引き受けて、一人姿を消したロノだ。  ここにいたのだ。生きていたのだ。わたしが、少なくとも一回、生まれ変わるほどの歳月を。  隠せ、美談にするな、後世に伝えるなとアデラが戒めるわけだ。ミーニは全てを明かしたかった。こればかりはありのままに、ミーニ好みの脚色も潤色もなしに、世の人々に知らせたかった。ロノの汚名を雪ぎたかった。わかっていなかったのだ、ロノがロノ自身に何をしたのか。ミーニが、わたしが、守られたことにばかり意識が行って。  助けて。  ロノを、助けて。  白の館に囚われた、白い住人を。誰か、解放してあげて。救ってあげて。  そういう歌を、作らなくては。作って、広めなくては。それを聴いて、それを信じて、そうしてくれる誰かが現れるように。  できる?  わたしはもうミーニじゃない。直してくれるヘズがいない。ソルガの仲間という肩書きがない。  やるんだ。  きっとわたしはそのためにここへ来た。

〈終〉

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