昔語りを最後まで

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 ……は? 昔話? あいつらに聞かせてるような?  寝物語、って。……気持ち悪いこと言うなよ。  わかった、わかったって。  ……だったら、最後まで、ちゃんと聞けよ。

 昔──男爵が、いた。貴族らしくっていうのかな、子供が大勢いて、ちゃんとした妻が産んだ嫡子だけでも七人ぐらいいた。男ばっかりな。貴族社会では大して力のある家でもなかったから、跡目を争う甲斐もなかったかもしれないけど。  その中に、双子がいて……っとな……男爵の前妻の、最後の子供たちだった。前妻は、……あー……双子を産んだ後で、死んだんだ。双子だったからだ、と男爵は考えた。体に負担がかかりすぎたんだって。それで、弟の方を憎んだ。一人ならこうはならなかったんだ、余計な二人目がいたせいだ、ってわけ。  だから、その弟は生後すぐから幽閉された。決まった部屋から外へ出さずに育てられたんだ。表向きはいないことになってた。勿論、世話をする使用人たちにはわかってたことで、まあそのことを口にしただけで殺されるようなものでもなかったけど、基本的に触れちゃいけない話題になってた。  ところで、男爵と前妻とは、貴族には当たり前の政略結婚だったわけだが。前妻の実家は縁が絶えることを恐れて、前妻の若い従妹を送り込んできた。葬儀のときからな。喪が明けたところで、男爵はその従妹を後妻に迎えたわけだ。  その後妻が、そのうち……でもないな、後妻の方にも子供が生まれた後になって、双子の弟の存在に気がついて。男爵に執り成して、幽閉を解かせてやった。前妻の末っ子はやっと外へ出て、男爵家の子供としても認知された。  ──っていうのが、表向きの話。  本当はそいつらは双子じゃなかった。前妻の子供だったのは兄の方だけだ。弟の方は、前妻が死んで一年ちょっとしか経たないときに生まれた、後妻の長男だった。隠されたのは外聞が悪かったからだ。早すぎたんだよ、生まれるのが。  弟の幽閉が解かれたのは、すぐ上の兄と同い年だと言っても疑われないぐらい、両方が成長したからだ。一歳と二歳じゃ誤魔化せなくても、九歳と十歳なら体格次第で誤魔化せる。弟は環境からいって、兄よりひ弱に育ってもおかしくないわけだしな。幽閉だって外聞の悪さは負けてないけど、亡き妻を愛するあまりのことだ、って言い訳をつければ割合同情を買えるんだ。  双子ということにされた二人の、兄の方の名前はテルカ、弟の方はサズカといった。

 きっかけはテルカだった。  男爵家の子供といっても、お堅く育ったやつはほとんどいなくて、お忍びで城下町をうろつくぐらい珍しくもなかった。男爵だって若い頃は同じことをやっていて、外に子供を作ったりもしてたんだから、──ああ、だから、男爵家の長男は本当は長男じゃなくて、腹違いの兄が何人かいたわけだな、庶子だけど。  女遊びをしてたかどうかはともかく、兄たちは頻繁に町へ遊びに行った。真面目なテルカは違った。それで、父親に告げ口はしなかったけど、あるとき直接苦言を呈したんだ。すると兄たちは、テルカとは年が離れてるんだけどな、言われたことだけ守っていればいいってものじゃないんだぞ、とか何とか……言いくるめた、って感じだったんじゃないかね。兄、っていうか目上、っていうか年上からそういう風に言われると、テルカは弱かった。一理あるなとか、人生経験はそっちの方があるしなとか、大概のことはまず受け入れる性質(たち)だったし。  で、寧ろ自分も兄たちに倣うべきなんだろうか、なんて考えたわけだ。とはいえ、無断で町へ繰り出すのはやっぱり抵抗があって、まずは邸を……邸の……まあ探検から始めてみることにした。貴族の邸だからな、ずっと住んでいるといっても全体を把握してるわけじゃなかった。  ここには絶対入っちゃいけない、と理由も告げずに禁じられてるような場所は特になかった。この先は使用人の場所、この先は大人の場所──客を通すような場所、この部屋は貴重な物が飾ってあるから一人で入っちゃいけない、程度のものだな。そのときはちょうど客が来ていただか来る予定になってたことをテルカは知っていて、『大人の場所』は避けて『使用人の場所』に踏み込んでみた。  何度か使用人にみつかったものの、別段咎められることもなかった。若様の来るようなところではありませんよ、ぐらいは言われたかな。 「探検をしてみたいからって、森に行ってみるわけにはいかないでしょう?」  森っていうのは……城下町の近くにある、『森』とだけ言えば通じるぐらいの、二つとないだろう巨大な森のことだ。町の一つや二つじゃきかない大きさで……魔物が棲んでるとか怪物が出るとか、悪い魔術師が逃げ込んだとか、その魔術師が世を呪ってその呪いが残ってるとか、色々言われててほとんど誰も近づかない。森をつっきれればそう遠くない、つっきれればもっと交流が盛んになっただろう町があっても、そのために森を切り開こうとする者は誰もいない。自分で直接手を出さずに他人に命令する者すらいない、そんな場所。テルカにしてみれば、森に行ったっていいんだぞ、と脅すつもりじゃなかっただろうけど――使用人の方も、テルカが相手ならそんな穿った受け取り方はしなかったかな。  そんな具合で邪魔らしい邪魔も入らず、使用人の区域を進んでいったテルカは、ふと継母の、男爵の後妻の姿を見かけた。継母と継子とはいっても仲が悪いわけじゃなかったけど、使用人と違ってみつかったら怒られそうな気はしたんだろうな、咄嗟に隠れてやりすごして――どうしてこんなところにいるんだろうと、不思議に思った。  姿が見えなくなってから、継母がどこから来たのか探してみた。そしたら奥の方の、使用人も見当たらないようなとこで、鍵のかかった扉をみつけてな。その向こうから、音が聞こえる気がした。耳を欹てると泣き声みたいだった。 「だあれ?」  呼びかけるとぱったりやんだ。少し経って、気のせいだったかなと怪しみ始めた頃に、返事があった。 「――誰」  鸚鵡返しに訊かれたわけなのに、どう答えたものかテルカは迷った。結局答えずに、別のことを訊く。 「出られないの?」 「……え」 「閉じ込められちゃった? ……あ、鍵があるや」  掛け金を外せばいいだけだったら、さっさと開けてたんだろうな。 「お仕置きとか?」 「そんなんじゃない」  悪いことをした罰として閉じ込められているのかもしれない、と思いついたけどそれも違うようだ。向こうが嘘を吐いていればわからないけど、テルカはそこには気がつかなかった。  ああ、子供の声だとはわかってたんだな。じゃなきゃ『お仕置き』なんて言葉は出てこないだろう。 「誰かに頼んで開けてもらうよ。それでいい?」 「え、開け……え」 「え、なあに、聞こえない。どうしてあげたらいい?」 「――いや、それでいい」  開けて、と中の声は言った。  テルカは廊下を引き返した。引き返しながら、誰に頼めばいいだろうと考えた。大人なら誰でも鍵を持ち出せるってわけでもない。そもそもあの鍵をかけた誰かは、中にあの子供がいると知らなかったのか、わかっていたのか――怒られること覚悟で継母に話すか、それは無駄に大事になってしまうだろうか、などと考えていたら。 「ああ、みつけた。ここにいたか」  すぐ上の兄にみつかった。すぐ上といっても三つ四つ違うんだけどな。 「兄上たちに何か吹き込まれたろう? まったくあの人たちは、口は達者なんだから」 「あの、兄上」  閉じ込められたらしい子供のことを、テルカは告げた。  子供、と呟いて、兄は少しの間考え込んだ。 「――テルカ。父上にお話ししておいで。お客様がおいでだけど、この際構わない」  手遅れになるかもしれない、というようなことを言ったらしい。空気がなくなる――ではなかったと思うんだけどな、そのぐらい切羽詰まったこと。  テルカとしては何よりも、客がいるけど構わない、とまで言われたことで焦った。兄の指示通り父を探して、訴えた。客の耳にも入るところでな。  その兄は知ってたか、薄々感づいてたんじゃないかな。テルカを探してたのも口実で、自分が扉の前まで行ってみるつもりだったのかもしれない。とにかく、客に聞かれてしまったから、男爵はその件をなかったことにすることはできなくて――それで結局、サズカは外に出されることになったんだ。  え? そうだよ、サズカの幽閉が解かれたときの話だ。うるさいな、思い出しながら話してんだよ。  テルカはその子供を心配していたから、立ち会うと言って聞かなかった。だから、扉が開いたとき――ああは言ったけど本当に開けてもらえるのか、開けてもらえたとしてその大人は自分の味方になりうるのかと気を張ってたサズカは、ほっとした表情で手を差し伸べるテルカを見た。

 双子云々の話を誰が考え出したのかはわからない。テルカは後からそれを聞かされて、だけど結果から言えば信じなかった。サズカの声を耳にしたとき、姿を目にしたとき、片割れとようやく巡り会えたような感覚が湧き上がるようなことはなかったわけだし。双子の話が本当なら、後妻の方が頻繁にサズカに会いに行っていたのは妙だ。大体、サズカが本当のことを知ってた。母親は隠さなかったんだ。父親を恨んでほしくない、なんて母親は思わなかった。後妻は男爵を恨んでただろうよ――それ以上に、恐れてた。  双子──同い年ってことになった二人は、教育も一緒に受けるようになった。サズカはそれまで勉強しかすることがなかったからな、テルカについていけないことはなく、何なら追い越すこともあった。テルカは……そんなサズカを素直に称賛して、自分の苦手なところを教えてほしいって水を向けたりして……親しくしようとしてたんだけど。  ──サズカの方は、テルカを憎んだ。父親も他の兄たちも嫌ってたけど、なまじ一緒にいさせられるだけ、取り分けてテルカを嫌った。大体、テルカは人当たりがよくて、誰もが認める優等生で……すげなくされても根気よくサズカと付き合おうとして……それはサズカと正反対で、サズカの付き合いづらい、扱いにくいところが一層目立って……そんなの、テルカは悪くないけどな。  テルカのおかげで出られたことを、忘れたわけじゃないだろうに──忘れてたのかな。閉じ込められた事情を話したんだから、最初からそんなに嫌ってたわけでもなかったと思う。それだからテルカの方も、打ち解けられると思ったんだろうな。  周りだって、テルカ相手はやりやすくてサズカ相手はやりにくかっただろうさ。 「テルカ様は時制が不得手ですね」 「はい。古語は難しいな、同じ国の言葉なのに」 「昔の人たちにも難しかったんでしょうね、今では廃れたか統合されたかですから。綴りは問題ないですよ」  二人と関わる機会が多かっただろう教師も、そんな会話を交わすのはテルカとだけだった。話しかけてもサズカが返事をしないしな。成績はよくて、間違えたところを教え直す必要だってほとんどなかったし、サズカの方から訊いてくることは全くなかったから、一方的に教本を読み上げて課題を出すだけで事足りてしまったわけだ。実を言えば余計な会話をせずに済むように、苦手な分野は陰で必死に予習復習してたぐらいだから、教師にはどうしようもなかったろうよ。  サズカが家族と認めていたのは母親と弟たちだった。男爵に逆らってくれなかった母親だって、自分みたいな目に遭わなかった弟たちだって、理屈で言えば憎んでもおかしくなかっただろうけどな。母親は幽閉されていたときもよく会いに来ていて……テルカに聞かれた泣き声だって、帰ってしまった母親を恋しがって泣いてたんだし……母親から聞いていた弟たちにもずっと会いたがってて……恋しさが勝ったんだ。サズカは時間さえ許せば三人と一緒にいた。三人の前ではサズカもよく笑った。母親もやっと重荷から解放された様子で、サズカにはそれも嬉しかった。弟たちもサズカに懐いた。  弟たちはテルカにも懐いていたし、テルカだってサズカに好意的だったんだけど。テルカや兄たちと継母との関係も、実の親子みたいにとは行かなかったけど、良好だった。サズカがつんけんしてる以外は平穏だったんだ。  ……平穏だったけど。サズカに母親と弟たちがいたなら、テルカには誰がいたんだろうな。誰とでも親しげに振る舞ってはいたけど、サズカにとっての三人みたいな……特別な……自分を特別に想ってくれる相手は、いたのかな。  男爵? ああ、そこは別だな。男爵は子供たちに大して関心がなかった。気にかけていたとしたら跡継ぎの長男と、長男に何かあれば代わって跡を継ぐ次男ぐらいだった。跡目争いを起こすとしたらここだろうっていうんで、この二人がいがみ合わないようには気をつけてたかもな。三男は三男坊の気安さで、これがあのテルカのすぐ上の兄なんだが、若いうちから城下町と言わずそこそこ遠くまで、身分を隠して旅して回っていた。男爵家の名前を出して面倒事を起こさないなら、男爵は構わなかった。  女の子が欲しかったとは、よく言ってたな。そりゃな、七人もいて男ばっかりじゃ。外に作った子供の中にもいなかったんじゃないかね、いたらそいつだけ引き取っていそうなところだ。下の方の……テルカやサズカ辺りから下の子供たちに関心がないのは、要はまた男かってうんざりしてたんじゃないか。  三年ぐらい経ったとき。サズカが十二で、テルカは十三のときだな。  サズカの母親、男爵の後妻が死んだ。病気で……あっという間ではなかった、知らせを聞いた三男坊が旅先から帰ってくるぐらいの時間はあった。  サズカに何度も謝って、弟たちを頼むと託して。弟たちにも、サズカの言うことをちゃんと聞くんだと、仲良くねと言い残して。テルカには、巻き込んだことを……双子の話に巻き込んだことを詫びて、サズカを恨まないよう頼んで、三人のことを頼んで。上の継子たちにも、自分の子供たちのことを頼んで。男爵には何を言ったのかな。  サズカは人前ではほとんど泣かなかった。泣き喚く弟たちを慰めて、なだめて、あやして……母上が心配するぞとたしなめたり、した。葬儀が済んだ後で、一人になれる場所を探して、庭で……中庭だったかな? とにかく、一人になって、それでも声を殺して、泣いた。 「サズカ」  そこに声をかけたのは、いつの間にかそこに来ていたのは、テルカだった。人目を避けてることぐらいわかれよって、……いや、勿論それぐらいわかってて、それでも見ていられなくなったんだな。  ……テルカはサズカを慰めたかったんだ。励ましたかったんだ。弟たちへの言葉をなぞって、母上が心配するよと言ってやるのがいいか、思いきり泣きなよと言ってやった方がいいのか、……どうしてやったらいいか、迷って……迷いながら……声をかけたはいいけど、先が続かなくて……。  サズカは振り向いた。涙の浮かぶ赤い目でテルカを睨みつけた。 「いい気味だと思うだろ」  敵意を隠さない声で、視線だった。 「これでおまえと同じになって! いい気味だと思ってるだろ!」  テルカは顔色を変えて立ち尽くした。

〈続〉

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